会報 ゆきしろ 61号 

会報「ゆきしろ」61号
(平成22年3月末発行)

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     第61号
(発行者)
 社会福祉法人 富山県視覚障害者協会
 〒930-0077
  富山市磯部町3丁目8番8号
 電話 (076)425-6761
  Fax (076)425-9087
 Eメール:bcb05647@nifty.com
 Homepage:http://www.toyama-ssk.com
(発行責任者)
 会長  中西 美雄


 上の題字は 鶴木大壽 氏によるものです。

【ゆきしろ(雪代)の意味】

 雪国にあって、大地が春の雪原と接する部分で静かに融けはじめ、しずくとなり、やがてかすかな流れをつくり、それが集まって春のはじめの雪どけ水となって音をたてて大河に注ぐ様を、古くから俳句における春の季語として「雪代(ユキシロ)」とよばれています。
 当協会が、このしずくが集まって大河をつくるように大きく発展していくよう、願いを込めて命名いたしました。

   【ゆきしろ61号 目次】
   巻頭言 61号内リンク
   ボランティアと利用者交流会(安田) 61号内リンク
   第35回富山県視覚障害者球技大会報告 61号内リンク
   家族激励大会・山岳歩行訓練 61号内リンク
   第33回視覚障害者文化祭、福祉機器展 61号内リンク
   点字競技会とパソコン競技会 61号内リンク
   平成21年度更生相談会 61号内リンク
   第55回全国盲女性神奈川県大会に参加して 61号内リンク
   第55回全国盲青年研修大会(埼玉県大会) 61号内リンク
   第6回全国視覚障害者卓球大会参加報告 61号内リンク
   第9回全国障害者スポーツ大会 トキめき新潟大会 61号内リンク
   サウンドテーブルテニス北信越大会を終えて 61号内リンク
   三療研修会の報告 61号内リンク
   ガイドヘルパーに関するアンケート調査結果 61号内リンク
   センターで協会初の避難訓練 61号内リンク
   障害者権利条約について 61号内リンク
   平成21年度ボランティアと利用者交流会(泉田) 61号内リンク
   富士山登頂記 61号内リンク
   カンボジアのユネスコ世界遺産と寺子屋 61号内リンク
   タンポポ 川柳会 61号内リンク
   事務局から 消息 61号内リンク
   時事暦(平成21年7月~12月) 61号内リンク
   平成22年度主な行事予定 61号内リンク
   お知らせ、編集後記 61号内リンク


《巻頭言》
   ◆社会参加へのバリアフリーを目指して
                      会長  中西 美雄
 ついに「障害者自立支援法」の改正がならず。衆議院は、無責任にも解散してしまった。ばら色のマニフェスト(政権公約)を掲げた民主党が圧勝し、鳩山政権が誕生した。我々障害者とすれば、ばら色がいいに決まっているし、高福祉がいいに決まっている。が、この経済状況の中、いや、もっと将来を見据えた場合、疑問符が残るのは私だけでしょうか?
 私は、会長に就任以来「社会参加の基本である移動支援(ガイドヘルパー)の利用条件の緩和」に努力してきました。
 6月末に、県下市町村への「利用状況」についてアンケート調査を実施し、その結果を持って、県障害福祉課の課長さんとの話し合いをお願いし、「アンケート調査結果で示されたサービス内容の格差をなくして欲しい」と要望したところ、「ううん」と発したまま暫し無言。「判りました、なんとかしましょう」との言葉をいただき、理解されたものと安堵しました。
 そして、この話し合いの成果として、「富山県市町村福祉課長会議」へ呼ばれ「富山県内のどこに住んでいても同等のガイドヘルプサービスが受けられるようにしてほしい」旨を訴えてきました。県庁から市町村へ「視覚障害者の移動支援」の充実が指導されたものと思います。
 今後は、市町村役場の窓口のチェックをどう突破するかにかかっています。県より市町村へ我々の意図が伝えられたのでありますから、会員から窓口へ、窓口から上部組織への2段構えで前進させていくことが必要であると思います。
 2009年は点字考案者ルイ・ブライユ(フランス)の生誕200年、日本点字考案者石川倉次氏生誕150年という節目の年でもありました。これを記念して、日盲連では、「全日本点字競技大会」を開催するということで、富山県からは、早読み記録保持者でもあり、昨年の点字競技会個人総合優勝者でもある松波律子さんを代表選手として派遣することになりました。
 ところが、ハプニングというものは誰にでも付きまとうものであります。不運にも越後湯沢駅で列車を降りる時に、ホームと列車の間に足を落としてしまいました。そのまま競技会場へ、そして二日間に渡る競技を終えられ帰宅。
 翌日レントゲン検査の結果、骨折であることが判りました。骨折という重傷を負いながらも、気丈に競技を終えられたことに深い感銘を受けました。
 今までにもこのホームでは、何人かの視覚障害者が同様の転落事故に遭遇しています。この事実を踏まえ、(福)新潟県視覚障害者協会の松永秀夫理事長に対し、「JR東日本」に改善をお願いして欲しいことを申し伝えました。
 また、2009年6月に「富山盲ろう者友の会」が結成されました。視覚と聴覚の重複障害者の福祉向上を目指しての結成であります。私は、全盲ですが、このうえに聴覚を失ったとしたらどうなるのだろうか。精神的にも肉体的にも打ちのめされてしまいそうです。今の私には考えられない、いや、考えたくない劣悪な環境であると思われます。しかしながら、そのような環境にあっても生きていかなければならないのです。
 本協会としても、視覚を伴う重複障害者のことも真剣に考えていかなければならないものと思います。この『ゆきしろ』をお読みいただいている皆さんの中に重複障害をお持ちで情報の伝わらない人、あるいは、そのような人をご存知の方がおられましたら、「富山県視覚障害者協会」や「富山盲ろう者友の会(九曜会長)」の存在を教えて上げてください。みんなで考えるべき大きな問題であると思います。
 さて、この『ゆきしろ』が皆さんのお手元に届くころは、22年度の国家予算も決定していて、桜も満開になっているころと思います。我々の要望がどのくらい盛り込まれているか、その予算措置はどのようになっているか、大変気になるところです。今後の動きを注意深く見守っていきたいものです。
 県視障協としては、いかに会員の皆さんへ情報を伝えるか、会員の皆さんのご意見や要望を聴取して、どのようにニーズを把握するかを討議しています。私は、春から3、4箇所の支部を回ってみて、情報が伝わっていないことを知りました。何とかして、会員の末端まで情報が伝えられる方法がないかを探っているところです。これに対するご提言をいただければ、しっかりと聴取させていただき、今後の運営の参考にさせていただきます。

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《行事報告》
   ◆ボランティアと利用者交流会
                      施設部 安田 庄内
 7月5日、ボランティアと利用者交流会が県民共生センターサンフォルテに於いて開催され、利用者46名、ボランティア41名の参加がありました。
 午前10時30分から受付が始まり、中西会長の挨拶の後、オリエンテーションと続き、利用者とボランティアの方が二人一組になって「富岩運河と環水公園」の散策に出かけました。
 梅雨最中ですが、幸い爽やかな風が吹く好天に恵まれました。近くでは毎年恒例のKNB大バザールも開かれており、そちらへ行かれた組もあったようです。
 私は野鳥に興味があったので、ボランティアの方にお願いして「バードサンクチュアリ」に行きました。歩きながら近くの池や道、芝生の広場などを丁寧に説明して戴いたので周囲のイメージが描きやすかったです。
 バードサンクチュアリは、池に突き出た扇形の地面の上に建てられていて、水辺の野鳥を観察しやすくなっているようです。また、話し声で野鳥が驚かないように、ガラス張りの窓になっています。
 池には1羽のサギが、カカシかと思うほど、じっと動かずにたたずんでいました。時々首の向きを変えるので本物だと納得できます。
 魚が泳いでいるのも見えるそうです。10数メートル先の草むらに、鮮やかなコバルトブルーのカワセミがじっとエサを狙っています。ボランティアの方がアッと驚く早業で魚を捕らえたようです。
 時々、カルガモの親子が列を作って泳ぐほほえましい姿も見られました。窓際の机の上には望遠鏡が備えてあり、ぶ厚い図鑑も置いてあって、野鳥の種類を調べられるようになっています。興味のある人には便利な所だと思いました。家族連れで来ても楽しめそうで、子供は退屈しないでしょう。
 最初、バードサンクチュアリでは野鳥の声が聞けるものと期待していたのですが、付近に植えられてある樹木は未だ小さくて、野鳥が集まるには早いようです。将来、これらの樹木が大きく生い茂れば、野鳥のさえずりと水辺の鳥を一緒に楽しむ事ができるという、素晴らしい安らぎの場となるでしょう。その頃にもう一度訪ねたいと思います。
 帰る頃は少し暑くなっていましたが、サンフォルテに戻って昼食を取りました。
 1時から利用者とボランティアの意見交換会が開かれ、録音図書グループは利用者30名、ボランティア33名。点字図書グループは利用者13名、ボランティア12名の出席でした。それぞれのグループごとに別れ、意見交換が行われました。
 録音グループでは、最初に全員の自己紹介をしました。その後、利用者、ボランティア双方から要望や質問など、活発な意見の交換があり、中でも「新刊図書案内をメーリングリストでも知らせて欲しい」との要望は、数日後に早速実施されました。
 最近、カセットテープレコーダーが店先から段々と姿を消しているようです。カセットテープは長年使い慣れていて便利なのですが、経済の流れには勝てないのでしょうかねえ。
 ボランティアの方も、高速ダビング機の製造が中止になっており、万一故障したらどうしようかと、不安を訴えておられました。これからはデイジー図書に変わっていかざるを得ないようですね。それを見込んで数年前からボランティアの方もデイジー図書の録音に取組んでおられますし、利用者側でもプレクストークの使用が普及して行くと思います。
 利用者の方に尋ねたら、30人中、10人がプレクストークを持っておられました。やはり徐々に普及が進んでいるようです。
 点字図書グループでも活発な意見交換が行われました。最近、手打ちや点字タイプで打つ事はほとんどなく、専らパソコンを使っての点訳ばかりのようです。
 一般家庭でも、パソコンは一人1台の時代という事で、これも社会や経済の流れには勝てないようですね。私達、視覚に障害のある者が社会参加を望む時、善し悪しはともかく、ある程度、社会の流れに沿って行く事が必要だと思います。
 音訳ボランティアさんに比べ、点訳のボランティアさんのイメージは仲々浮かびにくいものですが、その意味では点訳ボランティアは「縁の下の力持ち」だと思います。あまり目立たない奉仕活動ですが、私達に大切な情報を届けて戴ける事に変わりはありません。大変うれしく、有難い事だと思っています。ボランティアの皆様、これからも宜しくお願い致します。

   ◆第35回富山県視覚障害者球技大会報告
                     厚生部 舟川 由紀子
 8月23日(日)、『第35回富山県視覚障害者球技大会』が今年もお天気に恵まれ、南部中学校グランド・富山県視覚障害者福祉センターの両会場において開催された。
 午前に行われたグランドソフトボールには、24名の参加があり、本来1チーム10名のところ11名で試合が行われ、Bチームの先攻で試合が始まった。
 1回は0対2、2回は1対0、3回は0対1、4回は2対1と、あの暑さの中、その暑さにも負けない熱戦が繰り広げられ、3対4で辛くもAチームの勝利となった。
 そして、女子サウンドテーブルテニスには12名、午後の男子サウンドテーブルテニスに11名、男子卓球に8名の参加があり、ここでも数々の熱戦が繰り広げられた。
 大会結果は、次の通りです。
〈グランドソフトボール〉
 勝利チーム   Aチーム 
 最優秀選手賞 川瀬 央 (Aチーム・盲学校)
 優秀選手賞 高橋 亨 (Bチーム・富山支部)
 優秀選手賞 高橋 克人(Aチーム・富山支部)
〈女子サウンドテーブルテニス〉
 1位 太田 蓉子(射水支部) 2位 柳田 信子(富山支部) 3位 徳市 和美(高岡支部)
〈男子サウンドテーブルテニス〉
 1位 塘添 誠次(射水支部) 2位 安達 実(富山支部) 3位 中西 美雄(富山支部)
〈男子卓球〉
 1位 池田 一義(盲学校) 2位 蟹谷 保(富山支部) 3位 高橋 克人(富山支部)
 優勝・入賞された皆様、本当におめでとうございました。

 今回も多くの皆様に参加、ご協力いただき、無事『球技大会』を開催する事が出来ました。しかし、会員の方の中には、「参加してもいいんだけど、何だか楽しめないから参加しない!」って思っておられる方がおられるようなんです。このように、「参加してもいいんだけど!」って思っていてくださる方が、どのようにしたら「参加しよう!」って、思っていただける「球技大会」に出来るんでしょうか。「この大会は、権威ある大会なんだ!」「権威ある大会にしなければいけない!」「気軽に楽しめる大会にならないか!」と、様々な意見があります。
 私がこの大会に参加するのは、8~9回目ぐらいになるでしょうか。今は行われていませんが、ずっと以前は卓球の女子の部も行われていて、一度だけ卓球で参加したことがあります。その後、十数年ぶりに参加した時は、全くルールも知らないままサウンドテーブルテニスに参加しました。当然、審判の方にルールを教えてもらいながらの参加です。
 スポーツには、どうしても勝ち負けはつきものです。参加される方は、「1点でも多く取りたい!」「1試合でも多く勝ちたい!」「今年こそ優勝したい!」、または、「普段運動することがないから!」「協会の行事に協力する!」と、様々な思い・楽しみ方で参加していただいているんだと思います。
 今回私は、『権威』、『楽しむ』の2点を思いながら参加したんですが、次の様な反省点がありました。
(1) 試合数からの時間不足。
(2) 女子サウンドテーブルテニスでは、選手への説明なく競技方法が変更された。
(3) 男子サウンドテーブルテニスでは、審判より選手に対し、時間不足の打診があり、選手間の話し合いにより競技方法を変更した。
(4) 男子卓球は、時間不足から、楽しむという事に重きを置き、競技方法を省略。
(5) 男子卓球会場の設営不備。
 等々あり、担当役員としては、反省といろいろ考えさせられた大会でした。今後、この『球技大会』が益々よりよい大会になるよう、会員皆様のご意見・ご感想をお寄せいただければ幸いです。
 最後に、改めて今回ご協力いただいた皆様に心より感謝し、次回、より多くの皆様がご参加くださることを念願し、大会報告とさせていただきます。

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   ◆家族激励大会・山岳歩行訓練
                     厚生部部長 白口 務
 今年は9月12日(土)から13日(日)の両日にわたり、魚津市の金太郎温泉にて開催されました。
 県下各地から、それぞれバスに分乗して13時45分頃金太郎温泉に到着し、各支部毎に受け付けを終え、激励大会は100数名の参加を得て盛大に開催されました。
 まず、中西会長の挨拶に続き、黒田魚津支部長が歓迎の言葉を述べ、谷口雅広魚津市副市長、稗苗清吉県議会議員、浦崎将隆魚津市議会副議長の方々より激励の言葉を頂き、無事終了いたしました。
 激励大会終了後、手荷物を持ってひとまず各人の部屋へ移動し、玄関前に午後3時に集合して、バスに乗り込み歩行訓練の出発点に向かいました。
 雨の降る中、最初に向かったのは魚津城址。驚いたことに大町小学校校庭の隅に、天正の初め頃越中に進軍した上杉謙信が魚津城で詠んだとされる歌「武士の鎧の袖をかたしきて 枕に近き はつかりの声」の碑が、ときわの松とともにありました。
 それから、諏訪大社へ向かう途中に、米蔵・米騒動発祥の地の碑が建っていました。皆さんも学生時代、歴史の時間に習ってご存じだと思いますが、米騒動は、魚津市が発祥の地として知られています。大正7年(1918年)に起きた米騒動は、十二銀行(北陸銀行の前身)の米倉庫から汽船への米の積み出しを、漁師の妻達が阻止しようとしたのがきっかけとされています。
 そこを過ぎ、蜃気楼ロードに出ました。雨のために視界が悪く能登半島は見えず残念でしたが、道中いろいろ話しながら魚津諏訪大社に向かいました。
 魚津諏訪のたてもん祭は、県下では有名です。魚津では8月17・18日の夜、海の守護神である諏訪神社の氏子達が、「たてもん」と言って、高さ8メートル以上の柱数基に横木を順番に付けて、それに提灯を数百個灯した、大万燈を作り、笛や太鼓に合わせて倒れないように砂浜を曳き回り、数十本のたてもんが勢揃いして沖へ漕ぎ出す、海の祭の一つです。
 そしてさらに蜃気楼ロードを歩き、終点の「海の駅蜃気楼」に到着。各自買い物をしてバスに乗り宿舎に戻りました。
 この間、山内副会長に事細やかに説明をして頂きました。本当にご苦労さまでした。
 宿舎に着いて各自、大浴場、岩風呂で汗を流し、又、雨で冷えた体を温め、楽しみにしていた懇親会を待つばかりになりました。
 懇親会は18時30分からで、中西会長の挨拶、魚津市社会福祉協議会会長大野康太郎様の祝辞に続き、県議の稗苗様による乾杯の音頭で宴会が始まり、暫くの間思い思いに歓談した後、自慢の喉を披露して楽しい一時を過ごし、万歳三唱を二口相談役の発声にて懇親会が終わりました。
 各々部屋へ帰り明日の研修会に備え布団の中に入りました。楽しかった一日の夢を見ながら・・・。
 13日10時より研修会を開催、「天地人・魚津城の戦い」と題して、魚津歴史民俗博物館館長代理本元義明氏より講義を受けました。
 「魚津市は、県東部の中心地に位置しており、名の通り魚類の集散地であり、蜃気楼の出現や埋没林の遺跡地として現れる。鎌倉から戦国にかけて松倉城、魚津城など常に越中の要害であった。ことに、織田、上杉の勢力がこの地を巡り激突した。
 天正10年(1582年)6月2日、上杉方(景勝)の魚津城が織田勢(佐々成政、前田利家、柴田勝家等)を迎えて奮闘80余日、ついに落城したが、信長本能寺の異変の実に2日前であった。もし上杉勢にして、この2日間を守り抜いたら、あるいは天下の形勢も多少は変わっていたのかも知れない。」
 もし、この2日間を守り切っていたらどのように変わっていたか?私には想像も付きません!
 このように分かり易く魚津(越中)の歴史を講義していただき、私たちは、あらためて自県の事を知ることができました。有難う御座いました。
 お世話になった事務局をはじめ協力を頂いた皆様にお礼を申し上げます。来年は、富山市の担当で立山国際ホテルで皆様とお会いしましょう。

   ◆みんな楽しみ! 無事終了
   第33回視覚障害者文化祭、福祉機器展
                     文化部部長 上坂 敏彦
 今年は珍しく秋にも大型連休があり、それが明けた9月27日(日)に、ライトセンターにおいて、第33回視覚障害者文化祭並びに福祉機器展が行われた。幸い天気にも恵まれ、沢山の会員・家族の参加とボランティアの方々の協力を得ての充実した1日であった。
 10時に開会。中西会長挨拶の後、今年は講演を企画。講師に、富山地方気象台予報官の錦織勇気象予報士を招いて、「富山の天気あれこれ」と題して富山県に関わる天気の様子を聞いた。
 梅雨・秋雨前線のでき方や気圧の変化による天候並びに降雪の違い、よく起きるフェーン現象などについてのお話。ここ数年富山では、降雪は2、30cmは減っているが、反対に雷が増加してきている。
 気象は自然現象だが、人間の文化的生活によって温暖化を招き、徐々に変化させてきているとのこと。
 講演終了後、持参頂いた雨量計・風向計を触って観察する会員もいた。

 館内各コーナーでは、コーヒー、お弁当、お茶など飲食販売。2階では福祉機器展。デジタル図書を聞くためのプレクストーク、弱視者用携帯型拡大読書機、超音波によって距離を測り振動して物体を認識する空中の杖もしくは懐中電灯のようなパームソナー、色を教えてくれるカラートークなど、視覚障害者の日常生活を便利にしてくれる用具が展示されていた。
 それに加えて今回、使いやすいもしくは携帯しやすい杖を見つけてほしいという要望があったので、沢山の白杖を揃えてみた。
 午後からは生き甲斐教室発表として、フラワーコーラス、3人の詩吟、二胡(にこ)の演奏。民謡教室は歌・演奏・踊りを。最後にカラオケ。終了時間いっぱい楽しみ、閉会となった。皆さんの力で盛大に終えることができました。ありがとうございました。

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   ◆点字競技会とパソコン競技会
                     文化部 高島 ヒサ子
 平成21年10月25日(日)午前10時から富山県視覚障害者福祉センターにおいて、第58回点字競技会と第10回パソコン競技会が行われました。
 点字競技会の種目は次のとおりです。
   ア 記憶書き(2分間一斉)   イ 聞き書き(2分間一斉)
   ウ 写し書き(2分間一斉)   エ 早読み(1分間個別)
 パソコン競技会は、
   ア 朗読文の聞き書き   イ 短文聞き書き

 開会式は開会宣言、優勝杯返還、大会長挨拶とあり、大会長より、「一人でも多くの人々が点字に興味を持っていただきたい」という力強い言葉をもらいました。
 大会長の挨拶に続いて、オリエンテーションがあり、いよいよ競技が始まりました。和気あいあいという雰囲気も、競技が進むにつれて張りつめた緊張感が辺りを包み、いわゆるいつもとはまるで違う不思議な雰囲気に包まれました。
 午後からは、『点字の歴史と特殊音点字』という演題で、講師塘添誠次氏により、みんなで研修をしました。塘添さんの講義が面白くて、しかも分かり易かったので、みんな楽しそうでした。特に、外来語の特殊音の読み方が難しいので、それが分かるとみんな大喜びでした。「いつもの百人一首大会よりずっとこの方がいい」という声も聞かれました。
 今年は、ルイ・ブライユ生誕200年、石川倉次生誕150年にあたるということで、特に細々と丁寧に教えていただきました。塘添さん、どうもありがとうございました。

 審査員の講評
 点字競技会・・・ 点字板を使って、受発信することはすばらしいことなので、このようなことが消えていくようなことがあってはならないと思う。
 記憶書き・・・・ 最初の書き始めの行のミスが大変多かった。
 聞き書き・・・・ ひとつひとつを言葉として、あるいは単語をきちんと書いてほしい。
 写し書き・・・・ 熱心さが見えた。
 早読み・・・・・ 声に出して読むことが優れている。

 パソコン競技会・・・ 「○○を指示します」の「指示」を「支持」と書いた人が大変多かった。その他、書ける人、書けない人のばらつきがみられた。
 最後の松波さんの模範読みは、大変すばらしい読みでした。松波さんは、10月31日から11月1日にかけての『ルイ・ブライユ生誕200年、石川倉次生誕150年記念点字ビッグイベント点字競技会』に私たちの代表として出られることになっています。
 来年もこの点字競技会とパソコン競技会がますます発展するように心から願いつつ点筆をとめます。
 この競技に関わってくださった皆様に感謝いたします。

 〈成績〉
[点字競技]
 団体戦 1位 富山市Aチーム 2位 射水市チーム 3位 高岡市チーム
 個人戦 総合1位 松波 律子
 一般の部 1位 松波 律子 2位 上沢 淳一 3位 鈴木 修博
 中途失明者の部 1位 塘添 誠次 2位 岩黒 勝義 3位 谷内 幸子
 田島杯 本江 とみ子

[パソコン競技]
 1位 上沢 淳一 2位 田口 明美 3位 山口 勇

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   ◆政権交代でこう変わる福祉施策
    ~ 平成21年度更生相談会を中心に ~
                    厚生部副会長 山内 正一
 今年は、本県出身で民主党の村井宗明衆議院議員を講師にお招きし、去る12月6日(日)富山県視覚障害者福祉センターで開催された。
 会長の挨拶・講師紹介のあと、「視覚障害者の福祉向上を目指して」と題して講演した村井議員は、次のように述べた。
  ◇ 基本的な考え方について
 身体障害者は全国で350万人、そのうち視覚障害者は31万人で、その特徴は、6割が65歳以上の高齢者であること。また、施設利用の多い他の障害に比べ在宅が多いことで、これらを認識しながらサービスを作っていかなければならない。
  ◇ 現行の障害者自立支援法に関して
 良かった点として、①施行前までの障害者福祉サービスは、国ではなく、各市町村にまかせたので地域格差があったが、障害者自立支援法により国が実施することで全国一律になった。②精神障害を含め、身体、知的の三つのサービスを統合した。③障害程度区分を明確にしルールを作ることで、不明確であった個人に対するサービス内容が明確になった。④障害者福祉サービスの財源が安定するようになった等が挙げられる。
 また、悪かった点として、障害者福祉サービスの財源を安定させるため、利用者に必要経費の1割負担制を導入したこと。利用者負担には、その人が持っている、払えるお金の能力によって支払い金額を決める応能負担と、その人が受けたサービスの量によって支払い金額を決める応益負担の2種類あるが、自立支援法では、その人が持っているお金とその人に必要なサービスとは全く別なのに、応能負担をやめ応益負担へ移行したことである。つまり、その人やその世帯の人があまりお金を持っていない、だけどその人自身の障害が重くてサービスをたくさん受けなければならない人たちに、最も負担がかかる結果になったことである。現に広島で国を相手取り、お金はないけど必要なサービスはある、にもかかわらず、持ってるお金が少なくてサービスが受けられなくなったのは、憲法25条「国民はすべて健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有し、国はその向上に努めなければならない」違反であると、訴訟を起こされている。民主党は、今回あえてマニフェストに「応益負担をやめ、応能負担にします」と書き換えさせていただいた。
 次に、サービスの提供は全国一律か、地域ごとかの議論がある。それぞれ居住地域等により賛否はあるが、例を挙げると、肢体不自由者と精神障害者の移動支援は、「自立支援給付」により全国一律であり、一方視覚障害者の移動支援は、「地域生活支援事業」に基づくため、そのサービス内容は各自治体ごとに違っている。政権が変わった今回様々な議論があったが、視覚障害者の移動支援は、「自立支援給付」に組み入れ全国一律の基準でやる方向で進んでいる。特にガイドヘルパーを必要とした視覚障害者関連では、「同行援護」という新しいサービスを「自立支援給付」の中に作り、全国一律のサービスを進めていく方向である。なお、サービスの対象範囲・時間帯・ヘルパーの報酬等については、基準を作って実施するなど、今後検討しなければならない。
  ◇ 民主党のマニフェストについて
 選挙の時の公約であるが、点字資料がないので障害者のところを読み上げ要約したい。
 1. 利用者負担を「応益」から「応能」にします。
 2. 1期4年以内に新法を作ります。
 すぐに自立支援法が廃止される訳ではない。各障害者、現場の人たちから実情を調査し、それぞれどんなサービスが必要なのかをもう一回整理し法律化するため時間が必要である。新法の名前は、「障害者総合福祉法」(仮称)。
 3. 「国連障害者権利条約」を批准します。
 国連で決めた最低限の基準には従います。
 4. 所要額は400億円程度。
 財源を明確化するために書いてあり、金額の上限である。それぞれの福祉サービスの中で何が出来るのか、増える部分は何なのかを、今から整理していかなければならない。それには、今後内閣の方に「障害者制度改革推進本部」を作り、そこへそれぞれの障害の当事者も入れて、必要なニーズを聞き、それがいくらかかるかを調査しながら、増えた400億円を整理しなければならない。
 以上が記載されている事項であり、これは絶対やりますという内容である。
  ◇ 民主党が進める「障害者総合福祉法」の内容
   =村井議員の未公開内部資料から=
 以下はマニフェストではなく、「多分こうしよう」とする(案)なので、そのようにご理解下さい。(今後様々な意見を聞いて変わる可能性がある事項)
 1. 障害者の定義と範囲を変える。
 ① 今まで含めていなかった発達障害、高次脳機能障害、さらに、難病の一部も障害者総合福祉法に含める。(範囲の見直し)
 ② 障害者手帳をカード化する。いろんな情報を入れることが出来、障害の既往等が把握できる。プライバシーの問題があるが・・・。
 2. 利用者負担は、マニフェスト通り応能負担とする。所得の決定は、世帯ではなく、夫婦単位とする方向で進んでいる。
 3. 利用の決定については、障害によってニーズが違うことから、障害区分で決めるのではなく、ソーシャルワーカー等調査専門員という新しい資格を作って、一人一人に何が必要かをきちっと聞いて、障害別ガイドラインを作り対応。その後障害者サービス委員会を作り、そこで決定し、国がその指示とお金を出して市町村がサービスを実施していく方向。
 4. サービスの体系
 国はルールは決めるが、実施主体は市町村とする。また、「居住支援」というサービスを作り、その中でいろいろやっていきたい。
 5. 事業者の報酬計算を日額から月額へ改める。
 6. 地域生活支援事業は、全部国でやるということにはならないが、いくつかは国で決めていく方向。(例 手話通訳の無料化)
 7. 相談支援をきちんとやるような体制作りをする。ピュアカウンセリングや、相談支援を行うNPO法人等へは、相談に応じた件数に対する資金援助等を考えている。
 8. 就労支援に関しては、サービスを受けるばかりでなく、「働いてもらう」という考え方にたって進めている。働く場を提供し、その人が働けるような福祉の法律にしていく。
 以上8項目は具体的に決まっているわけではないが、こういう方向で法律を作ろうとしている。4年以内に作りますという公約なので、2~3年位は皆さん方と議論し、よりよい「障害者総合福祉法」にしていきたい。

  ◇ 質疑応答
 Q:ガイドヘルパーを利用してこのセンターへ来る場合、富山市在住の人は近くて良いが、氷見などでは時間がかかり負担もかかる。これが平等にはならないか。
 A:応益負担から応能負担へ移行するので、今よりも公平になると思う。
 Q:サービスを地域にゆだねると格差を生じるので、なるべくなら地域にゆだねないようにしてほしい。また、介護保険や自立支援の認定に関し、単独入浴の可否など、視覚障害とは関係ないような項目が多く、物を探す、書類を見るなど、本当に視覚障害者の不都合さを把握するような項目がないのに「できる」とみられ、判定も軽くなっている。我々の障害を理解した基準で見てほしい。
 A:今回できるだけ中央でやろうという議論もある。が、中央でやると悪くなる所もあり、どこに合わせるかがポイント。認定基準に関しては、それぞれの障害ごとにニーズを調査し、ちょっと分厚くなるが見直したい。
 Q:自立支援法の移動介護に関し、現在14時間のサービス時間をもらっているが、今日のこの会合に出る場合など、朝から家を出て、会合に出席して、自宅に着くともう9時間から10時間使ってしまう。私より少ない時間しか利用時間を持たない人は、会合の途中で帰らなければならなくなってしまう。これは高岡市がそうで、富山市は利用時間が無制限など、地域によってものすごい格差がある。これを何とかしてほしい。また、通院時に移動支援を利用しようと思っても、「病院の前までしか持って行きませんよ」「病院内は、移動支援は受けられません」と言われます。病院の前までなら私たちは、タクシーでどれだけでも行ける。病院内の移動が付き添いなしでは一歩も歩けず困っている。これを何とかしてほしい。もう一つ、ヘルパーの支援を受けて、デパートや電気店へ外出しようと思っても、「行き先は1カ所で、寄り道はできません」と言われる。これも何とかしてほしい。これらのことは、特に高岡は問題にならん程悪いんです。
 A:市町村に任せた結果、悪いところは悪くて、やはり中央で決めた方がいい。が、中央で決めて一定の金額を支給した場合、渡された金額以外やらなくなってしまうことが懸念される。できるだけ地域格差をなくす方向で進めたい。また、病院内は、移動支援に入らない現実を知り、これはきちっと利用できるようにしていかなければならないと思う。デパートなど複数の所へも行けるサービスについては、同じ時間内であればさほど経費的にもかからないと思うので、その方向で話をつなげていきたい。
 Q:障害者総合福祉法施行まで3~4年という話であるが、現行の自立支援法はできたときから問題があって、3年たったら見直すと言われており、今年がその年である。が、そこでまた3~4年待たされるのか。すでに見直し箇所は指摘されているはずで、私たちもいろいろ改善を言っても、「見直しまで待て、見直しまで待て」と言われてきた。待って待ってきたのにまだ待たなければならないのか。
 A:そういった議論もあり、対応として自立支援法はそのままだが、利用負担は、新法施行まで軽くしようとの方向である。(担当 山ノ井政務官)
 Q:負担金の見直しで現行自立支援法に対応するとのことであるが、地域格差の是正も大事である。これは、法の一部を改正すればすぐにでもできるのではないか。我々の移動支援問題を取ってみても、自立支援給付制になるよう、今度の通常国会あたりで通していただけたら、解決すると思うし。
 A:法律をそのままにしてどこまで見直せるかが問題であるが、さっと直せるものは直すよう言いたいと思います。
 Q:特別給付金の口座申告に際し、代筆者に、いろんな出し入れがある総合口座を見せるのがいやだったので、この際それ用の口座を開こうと思った。が、二カ所の銀行も一カ所の信用金庫も「本人のサインがないとだめ」と言われた。私は、これを深刻に受け止めている。身体障害者手帳やあるいはお話に出たカードなりを見せれば銀行員が代筆できるようにならないか。そうでないと、この先親もいなくなれば金融機関の事務が全くできなくなり心配である。「成年後見人をたてられたら」との意見もあったが、まだちょっと早いとも思うので抵抗がある。良いアドバイスをお願いしたい。
 A:現場の声を聞かせていただいてすごくありがたいと思います。銀行員が代行するかどうかは銀行業務の問題であるが、銀行のサービス体系の中でそうした代行業務をどうするのかについては、今後の新しいガイドラインの中に、今まで欠けていた穴の部分ととらえ改善対象に入れていきたい。
 Q:今まで介護保険料が月々749円だったものが、誕生月以降から4期で7000円づつ請求された。急な負担増で納得いかない。自民党麻生内閣が決めたようであるが・・・。
 A:お年寄りが増えれば増えるほど介護保険の金額が上がっていく中で、個人負担をどうするかの議論をしっかりとやっていきたいと思います。
 Q:現在移動支援を受けるときは、公共交通機関を利用することになっているが、何とかヘルパーさんの運転する車で移動できないか。地域によって、最寄りの駅まで歩いて片道40分もかかるところもあるし、複数の場所へ行けるようになったとしても、これでは時間的に行けるわけがない。我々はそんなに足が強くないので。
 A:法的には、二種免許の関係があるのかなと思っている。タクシーの移動支援は、タクシー業者がそうした免許を取ってやればという考えもあるが、「移動はやっているが中身はできない」ではなく、移動もガイドもできるガイドヘルパーの方がより便利になると思うので、きちんと伝えていきたい。また、NPOの福祉タクシーをどこまで認めていくのか、私らは、本当に介護や福祉が必要な人であれば、どんどん認めてもいいのではないかと思っている。普通のタクシーは高いので、福祉タクシーの方が富山など車中心社会の現実に合うのではないかとの議論もしている。

 ≧富山県盲聾者友の会について≦
 富山県盲聾者友の会の実情と今後についての要望。
 A:当事者でない者は、とかく視覚のサービスと聴覚のサービスがあるから大丈夫だと思いがちだが、制度に照らした場合、その両方のサービスが受けづらくなっている、または、両方の障害だとどっちも受けられないという中で、独自の個別のサービスをきちっと作っていかなければならないんだなぁということがよくわかった。視覚の方と聴覚の方とは別に、盲聾者用のサービスの体系を作らなければならないと思う。
 Q:身障者手帳のカード化に関し、現手帳よりもっと詳細な情報が記録されるものになりそうだが、そういう個人情報を常に持ち歩くのはどうなのかなと思う。ハイブリッドカーについても、音が非常に静かなのですごく怖い。検討委員会で12月中には結論が出ると聞いているが、早く進めていただきたい。
 A:カードについては、全部の情報を盛り込むと、個人情報が全部入ってしまうという恐れがある反面、その人の経過がわかるためサービスの提供がしやすいとする両論がある。専用端末機でないと読み出せないようになるので、個人情報もカードごとに把握したらいいのではないかと思う。ハイブリッドカーなどの音の問題に関しては、国としてもいろんな実験をやった。結果として、エンジン音を付けることになりそうである。
 Q:中途障害者になったとき、相当動揺があると思われるが、そんな場合の相談支援をもっと充実できる機関があればいいと思うが、報酬、人員などの関係からかまだ制度として整っておらず、該当者がどこへ相談に行けばよいかわからないのが現状だと思う。また、障害者になったとき、例えば視覚障害の場合、必要な情報機器やその購入方法や制度、実際に購入してもその操作がわからず、使いこなせない人たちがたくさんいる。そうした人たちに指導・支援していただける方がおられればいいなと思う。就労支援に関しても、中途障害になったから会社を辞めなければならないなどというのではなく、障害を持った上で、できる仕事で復帰するとかすれば、障害者雇用率も上がると思われるが・・・。
 A:新法のガイドラインは、あまりにも細かく対応するため複雑で分厚くなり、誰でも相談に乗れるわけじゃなくなる。そのため、きちっと専門の相談指導員を作り、ちゃんと全部の相談に乗れるようなルールが必要かなと思っている。そういった中で、就労支援もやらなければならないと思っている。
 Q:歩道に自転車乗り入れんようにしてもらえんかなぁ(オフレコ)
 A:国交省の中で新しい自転車専用レーンをやろうと、その実験を全国何ヶ所かでやっている。富山でも。今後は少しずつ実現すると思われる。
 (この他、いくつかの質問があったが、マイクが手元に届く前の発言などで、音声記録では聞き取れず省略した)
 最後に塘添副会長の謝辞により更正相談会を終えた。
 講師の村井宗明衆議院議員には、ご多忙の中お越しいただき、詳しい解説や、質問に対しも丁寧に答えていただき、本当にありがとうございました。

 2010年1月8日、読売新聞朝刊に「自立支援法訴訟終結へ、障害者原告と国が文書」との見出しの記事が掲載された。それによると、「障害者自立支援法は憲法違反だ」として、障害者ら71人が全国14地裁に起こした集団訴訟について、長妻厚生労働大臣と原告側が7日、同省内で同法廃止などを盛り込んだ基本合意文書に調印した。調印後、長妻厚労相は「障害者自立支援法が障害者の皆様の尊厳を深く傷つけてきた。厚生労働大臣として心から反省の意を表明する」と述べたと報じている。この日の基本合意文書には、
(1)国が同法廃止を確約し、遅くとも13年8月までに新たな総合的福祉制度を制定する。
(2)障害者の意見を十分に踏まえず制度を施行した国は、障害者や家族らに混乱と悪影響を招いたことについて反省の意を表明する。
(3)新たな総合的福祉制度の制定には、障害者が参加して十分な議論を行う、などが盛り込まれている。原告を代表して調印した広島訴訟の原告は「今日道が開けたことに感動している。誰もが安心して暮らしていける制度を作っていきたい」と喜びを語り、また、竹下弁護団長は「勇気を持って訴訟に参加して戦ってきた原告をたたえたい。今後の(制度策定の)議論に主体的に関わりながら原告等を支援していく」と決意を述べた、とも伝えた。

 なお、記事中「竹下弁護団長」とは、我らが日盲連副会長、全盲の弁護士「竹下義樹氏」その人である。

《大会参加報告》
   ◆第55回全国盲女性神奈川県大会に参加して
                     女性部長 柳田 信子
 天高くさわやかな秋風のもと、天候にも恵まれて、神奈川県の大磯へ行ってきました。富山駅からJRの方のすばらしい、そして、やさしい誘導に助けられ何の不安もなく、大磯プリンスホテルまで気持ちよく移動することができました。JRのどの駅でも、統一された誘導の仕方に感激いたしました。
 様々な環境の方々の要望や、視覚障害者にとって少しでも生活し易くなるような支援制度の改善を全員で要望する女性パワーあふれる研修会に参加して、他県の方々のエネルギーを感じてきました。私は、勿論いろんな要望や、改善を国へ訴えなければならないと思いますが、最近は、障害者もどんどん社会参加したり、旅行などで外出することが多いので、自分達が経験した色々な事を、要望ばかりではなく感謝していることも伝えれば良いとつくづく思いました。
 それでは、研修会の内容を下記に記します。
 第一日目 9月8日(火)12時30分~16時30分
     常任委員会 全国委員会
 第2日目 9月9日(水)
     全国代表者会議
1.平成20年度事業報告、収支決算並びに監査報告
2.平成21年度運動方針並びに事業報告
3.代表者会議提出議題について
4.宣言、決議について
5.会報『あかね』について
6.役員選挙規定について
7.その他
 その都度その都度、真剣な協議の結果、満場一致で採択されました。
 二日目午後 研修会第一部
    講演 講師 女流講談師 一龍斎春水
 テーマは『ある童謡詩人の生涯』の講談で、金子みすずの短い生涯について、もと声優の声の特徴をいかしながら、視覚障害者にでもわかるような情景表現で会場は感動の涙であふれておりました。
 研修会第二部
 テーマは『買い物をする時の工夫と失敗』で、各ブロック代表者9名が発表されました。ほとんどの方は、視覚障害者ならではの色々な工夫を話しされました。あまり大変な失敗の話は、なかったようでした。
 第3日目 9月10日(木)
 第一部 式典
 神奈川県視覚障害者実行委員長の挨拶や、大磯市長さんやその他の来賓の方々の祝辞。
 第二部 議事
 代表者会議の承認・研修会報告の承認・宣言案の承認・決議案の採択。満場一致の拍手で採択されました。
 閉会式  次期当番団体代表挨拶
 来年は、長崎県で9月1日から9月3日まで開催されます。「長崎県に行くばい」の合言葉で、多くの方々の出席を呼びかけておられました。
 以上、神奈川県大会の報告です。

   ◆第55回全国盲青年研修大会(埼玉県大会)
                      青年部長 濱野 昌幸
 9月19日から3日間、埼玉県熊谷市で行われた大会に参加してきました。参加者は全国から約130人、毎年のことで目新しいこともありませんでしたが、青年協議会での企画なども合わせて報告させて頂きます。
 大会日程などは例年とほとんど変更ありませんでしたが、機器展示で驚くことがありました。まずは「しゃべるテレビ」。普通しゃべらないテレビは壊れているだけなのですが、そうではなく、視覚障害者にもリモコンで操作ができるようにチャンネルや音量はもちろん、操作画面や各種の設定も音声で解説してくれるものです。
 残念ながら地上デジタル放送(データ放送)の音声化はできないようでしたが、画面の文字が読みづらい弱視者にとっても便利なもので、更に改良・開発が進めば強力なサポーターになってくれると思います。
 更に、実際に銀行で使われているATMを2台持ち込んでいじくり回してみました。一つは受話器タイプのもので、受話器型の端末のテンキーを押すと同じ端子から音声が聞こえ、全盲の方でも操作できます。また、タッチパネルタイプのものはパネルの周囲に浮き文字が出て、それらのすぐ横のパネルを触ると、対応したタッチパネルに反応するというものです。残念ながら、両機とも振込みには対応していないそうでしたが、そのような我々の意見を開発会社の方が真剣にメモしていたのが、とても印象的でした。
 一方、青年協議会では会員募集を重要な課題と位置付け、リーフレットを作成しました。青年協議会について紹介したものですが、濱野が作ったこともあって富山での青年部活動の写真がふんだんに使われています。リーフレットは立派なものが出来たと思っていますが、それだけでは新入部員は集まりませんし、富山県視覚障害者協会並びに同青年部の発展にはつながりません。
 今後、青年部の一層の努力が必要と自覚しています。更には、多くの皆さんからの若者の紹介を心よりお待ちしております。今後とも青年部へのご理解とご協力を宜しくお願い致します。
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   ◆第6回全国視覚障害者卓球大会参加報告
                     下新川郡 舟川 由紀子
 9月22日(火・休日)、23日(水・祝日)の両日、東京都国立市多摩障害者スポーツセンターにおいて、『第6回全国視覚障害者卓球大会』が開催されました。
 この大会は、日本視覚障害者卓球連盟が主催するもので、競技の発展を通して、視覚障害者福祉に寄与することを目的に開催されている大会です。
 今回は、中西美雄さん(富山支部)、本江とみ子さん(射水支部)、舟川由紀子(下新川支部)の3名が参加しました。
 22日は、9時受付、9時20分開会式、10時~18時40分競技。と、このような日程で、北は北海道、南は鹿児島から参加した選手が、サウンドテーブルテニス(アイマスク有)男子の部と女子の部、そして、サウンドテーブルテニス(アイマスク無)男子の部と女子の部の4グループに分かれて、競技が行われます。私達3人は、サウンドテーブルテニス(アイマスク有)の部に参加。男女共39名の選手が参加し、競技が始まりました。
 富山県勢で最初に競技に入ったのは、本江さん。本江さんは、日頃の練習の成果から、落ち着いた試合運びで、埼玉県の方に2対0で難なく勝利。そしてお昼近く、舟川が東京の方と対戦。危うい試合をしながらも、二人の勝利にあやかり、何とか2対1で勝つことができました。
 そして、それぞれの2試合目。まず、本江さんが、善戦したものの神奈川県の方に、おしくも1対2で勝利ならず。次に、中西さんが、愛知県の方に0対2で負け。続いて舟川は、北海道の方の緩やかな球に、0対2で自滅。予選リーグを終わり、私達富山県勢は、3人が3人共が、1勝1敗という結果になりました。
 この大会は、3人1グループで予選リーグを行い、各リーグ1位が決勝トーナメントへ進むことができます。そこで、私達の最終結果は?と言うと、本江さんのリーグは、それぞれが1勝1敗。しかし、セットカウントで、なんと、本江さんが決勝トーナメントへの進出を決められたんです。次に中西さんのリーグですが、こちらは、愛知県の方が2勝されたので、残念ながら決勝トーナメントへは進むことは出来ませんでした。そして舟川のリーグですが、こちらも3人が3人共1勝1敗。しかしこちらは、セットカウントで負け決勝トーナメントへは進めませんでした。
 2日目の10時過ぎ、決勝トーナメント。本江さんの対戦相手は秋田県の方。本江さんは、相手の球をラケットに当てるものの、相手の癖のある球がラケットに当たると、コート外へ。本江さんの持ち味を出せないうちに試合が終わってしまった感じでした。ちなみに、本江さんが対戦された秋田の方は、3位に入賞されました。
 大会に参加させていただき、私達は、サウンドテーブルテニスの他県の方のレベルや取り組み方、多くの試合数を段取りよく進める事務局の運営力、残念ながら全国大会においても、審判のレベルにかなりのバラつきがある事等々、勉強させていただきました。
 今回私は、この大会に参加し、大会とは別にもう一つの素敵な経験をすることが出来ました。大会前日、中西さんが午後から会議に出なければいけないということで、本江さんと私は、半日の『時間』という副産物を得たので、この『時間』を有効に使えないかと思案していたところ、スカイプを通して東京の方から、「地方から東京へ仕事や観光に来られる視覚障害者の移動支援をしてくれる『アカンパニーグループ』というボランティア団体があるから頼んでみたら!」と、教えていただいたんです。掛かる経費は、1時間幾らというのではなく、移動に掛かる交通費や飲食代のみ。とても細やかな気配りで、楽しい時間を過ごさせていただきました。
 サウンドテーブルテニスをしていたことでこの大会に参加し、今回もまた、思い掛けない出会いがあり、新たな発見をし、楽しい時間を過ごすことが出来ました。この経験が、自分自身の技術の向上と次の出会い・発見・楽しみに繋がるといいなって思いながら、大会報告とさせていただきます。
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   ◆第9回全国障害者スポーツ大会トキめき新潟大会に参加して
                       富山市 柳田 信子
 私は、平成21年10月10日から12日に行われました全国障害者スポーツ大会トキめき新潟大会に参加しました。6月上旬に卓球選手(STT)として参加要請がありまして、戸惑いながら参加することを承諾しました。
 その次の日から、気持ちが落ち着かずこわれた心電図の波形みたいな、上下の激しい気持ちの変化が毎日毎日わたしに襲いかかってきました。ノーといわなかった自分を後悔したりしました。
 そのうちに、だんだん私の周りから、大会に向けてのいろいろな行事や練習日が否応なしにきてしまいました。だめもとでも一生懸命練習するだけしてみようと決心しまして、毎日毎日自宅で家族を巻き込んでサーブ練習を食卓テーブルで何度も何度も練習しました。
 主人は、卓球の球がテーブルの横から飛び出さないように、ダンボールで両側にガードを作ってくれました。けれども私のサーブは、いろんなところへ飛んでいくので、孫も球拾いをしてくれました。「それー、それー、頑張れー」といって、私の向こう側から球を投げてくれます。それをリターンの練習のつもりで繰り返し打って少しでも自分の思っているところへ球がどうしたらいくだろうかといろんな打ち方を考えたりしておりました。それでも卓球台とサイズが違うので思うようにはなかなかいきません。
 夏の間は、冷房の温度を寒いくらいに設定して一日も欠かさずに練習をしました。それに加えて、ストレッチと運動公園で早足歩きを毎日4キロ歩きました。続ける根性といえばいいかエネルギーといえばいいかわかりませんが、「今日一日だけでいいから休ませてー」、と意思の弱い自分に頼みつつも、大会前日まで続けました。
 その間、卓球部の強化練習で、大勢の人たちに練習相手をしてもらったり、また指導もしていただきました。そして私なりにあれやこれやと考えながら大会までの日々を過ごしました。
 大会出発日の一週間前の、9月30日は、富山県庁で結団壮行式が行われました。富山県障害者スポーツ協会の方から、私のような者に出場選手を代表して壮行式で謝辞をのべてほしいと連絡を受けました。またまたなんでなんでという気持ちになりましたが気を取り直して原稿を書きました。当日は、壮行式がだんだん進むにつれて謝辞を言う時が近づくと、マイクがある場所や自分の言う順番と自分の立ち位置ばかり気にしておりましたが、暗記していた通りにつまずくこともなく言い終えることができました。それが終わると、大会前の一仕事が終わった感じで、大会本番はひたすら楽しめばいいとかってな解釈をして出発日を待ちました。
 10月に入ってからは、試合の時の気持ちをいかに平常心に保つかを、毎日声に出して自分に何度も何度も言い聞かせておりました。
 8日の出発当日は、大型台風が日本列島を縦断しておりました。私は、富山県のユニホームを着て帽子は風で飛ばされないようにカバンに入れて緊張しながら出かける時間を待ちました。電話がかかってきて、今日の出発は明日に延期になりましたとのことを受け、張り詰めていた気持ちが一変に気抜けしてしまいました。
 9日は、台風一過でお天気もよく昨日の予定と同じ時刻で、富山駅から北越3号に乗り新潟県に向かいました。電車の中は、富山県選手団の熱気であふれており、始めての参加の私にはちょっと酸欠ぎみでした。
 10日は、いよいよ大会の始まりです。天候が悪く、小雨模様のとても寒い日になりました。開会式は、皇太子殿下をお迎えして、北海道から沖縄県までの選手団の堂々たる行進、そして新潟県の春夏秋冬を表現した色鮮やかなすばらしいアトラクションに感動しました。開会式終了後はすぐに各自の試合場所へ移動しまして、今までの練習の成果を競い合う試合の始まりです。私は、翌日11日の組み合わせになりました。
 11日、いよいよ最終目的である時刻になりました。STTは、21点3ゲームマッチでブロック別に別れてリーグ戦をします。第1試合は、埼玉県の選手とAコートですることになりました。試合前の2分間の練習時間に、相手がどんなサーブを打つか、どんなリターンをするかを私にしてはめずらしく落ち着いて球を受けることができました。最初は、リードされていましたが自分の失点を恐れずに試合をすることができました。2ゲーム先取で勝ち、第1試合をクリアしました。試合会場の外には大きなモニターテレビがあり、富山県選手団の人たちが沢山応援してくれていました。廊下へ出たとたんにみんなが私のところへ飛んできて「よかったー、よかったー、すごいー」と声をかけてくれました。
 最初の試合は、幸いなことに会場に着いてすぐの試合だったのであれやこれやと考える暇もなくコートに入ったので落ち着いて試合をすることができましたが、次の試合は、Cコートで沖縄県の選手との最終試合なので今度は待ち時間がありすぎて少し落ち着かない気持ちが自分にもわかりましたが、平常心になる呪文を繰り返しながら試合にのぞみました。やはり最初の2分間の練習で相手の球のスピードなどを覚え、今度はスピードの速い球ばかりだと思い、コースをよく見極めてサイドの球は避けようと思いました。思ったとおりの試合運びになり、第1ゲームを先取し、2ゲーム目もリードして16点先取になったところでもう少しで金メダルがとれると思った瞬間、胸の動悸が激しくなり、ラケットの先まで鼓動が伝わる感じで、あともう一歩のところで点数がなかなか伸びず、最後は気をひきしめて確実な球で攻めようと思い、2ゲーム目も勝ち取ることができました。
 試合が終わった瞬間、今までの緊張が体中から一度にスーと抜けていくのを感じ筋肉が柔らかくなっていくのがわかりました。再び廊下へ出ると、応援していただいた大勢のみんなから「おめでとう、おめでとう」といわれて、やっとうれしさが沸いてきました。
 その日の午後6時30分から、表彰式が行われました。選手はお互いに充分に練習の成果を競い合った満足感と開放感からか、勝敗にかかわらずお互いの健闘をたたえあいながら、なごやかな雰囲気の中で終わりました。メダルをもらってから、亀田総合体育館の玄関前で卓球選手4人と役員の方々とボランティアの方々とメダルをかけて何枚も何枚も写真を撮っていただきました。一番うれしかったのは、「体に気をつけて頑張ってきてね」とか、「頑張ってね、応援しているから」と、大会前にいわれた方々に金メダルで答えることができたことです。本当にありがとうございました。
 12日の閉会式は、天候もよく信濃川の水辺の輝きの見えるすばらしい会場で行われました。大会を終えたみんなの顔は、笑顔と笑いに包まれておりました。次期千葉県大会の県知事に団旗が渡され閉会式は終了しました。その後、同じ会場で役員、選手、ボランティアに慰労の意味をこめて、歌手の平原綾香さんのミニコンサートが行われました。会場全体がものすごい熱気で選手団は、ほどんと若い人達ばかりでしたので、ステキなプレゼントコンサートになりました。
 13日、新潟駅のホームまで5日間お世話になった新潟県のボランティアの方々の見送りを受けながら、北越6号に乗り全員無事に富山へ着きました。
 新潟県にいる間は、新潟県の沢山のボランティアの方々にとても親切にしていただき、私にとっては一生忘れることのできない楽しい楽しい思い出となりました。
 最後に、いろいろな方々の暖かい協力に感謝いたしております。ありがとうございました。
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   ◆サウンドテーブルテニス北信越大会を終えて
       富山県サウンドテーブルテニスクラブ副部長 安達 実
 去る11月22~23日の両日に渡り、第18回サウンドテーブルテニス北信越大会が、「富山市体育文化センター」を会場に開催された。今回の主催県は吾が富山県でもあり、選手を始め関係者は一応に張り切っていた。
 例年同様初日が個人戦、翌日は団体戦がそれぞれ行われた。22日はあいにくの曇り空で、会場はかなり冷え込み、短パンをはいていた私にとっては最悪だった。
 13時~13時20分、開会式。13時30分~17時、個人戦というスケジュールであったのだが、参加選手が多かった事と白熱した試合が多く、試合終了時間は18時近かった。
 この事は、今後の検討課題になるであろう。そのため、その後のスケジュールにも狂いが生じた事は否めない。
 個人戦競技種目は、①サウンドテーブルテニスA男子 ②サウンドテーブルテニスA女子 ③サウンドテーブルテニスB(アイマスク無し)男女混合で行われた。
 個人戦の成績は、以下の通りである。
1.サウンドテーブルテニス男子の部(22名)
 優勝 住吉 実(長野) 2位 藤林裕三(新潟) 3位 吉田 浩(新潟)
 なお、我が県の中西美雄さんは4位で、残念ながら入賞には届かなかった。
2.サウンドテーブルテニス女子の部(14名)
 優勝 住吉冬子(長野) 2位 徳市和美(富山) 3位 本江とみ子(富山)
3.サウンドテーブルテニス男女混合の部(7名)
 優勝 北川歌子(石川) 2位 前川和穂(福井) 3位 荻野尚子(福井)

 宿泊は、岩稲の楽今日館。懇親会は、カラオケで盛り上がり、有意義な時間を過ごして頂けたのではないかと思う。
 なお、カラオケの進行係は舟川さんと私がつとめた。ただ、進行係まで頼まれていたので緊張していて、料理の献立でいったい何を食べたかはほとんど憶えていない。
 23日は、7時朝食。7時50分、宿泊先からバスにて会場へと移動。8時30分~11時30分にかけて、団体戦が行われた。その日は、前の日と打って変わっての上天気で気分もるんるんだった。
 団体戦の成績は、以下の通りである。
優勝 石川県Aチーム、2位 福井県Aチーム、3位 富山県Aチームであった。
 その後閉会式があって、来年の開催予定地である「新潟で再び会おう」と誓って解散に至った。以上が、北信越大会の大まかな内容である。
 あれから最早一月がたとうとしている。富山県の選手にとって、課題の残った大会であった。個人戦では、女子の部で2名入賞したものの、男子の入賞者はゼロ! 団体戦では3位である。
 出たからには、上を目指さなければならない。「努力は天才に勝つ」という言葉を昔聞いた事があるが、正にその通りだと思う。特に自分の場合、その努力を怠っていたが故に成績もふるわなかった。
 そのため、勝敗に破れてもさほど悔しいとは思わない。盲学校に在学中の頃の私は、柔道大会に何度も出場して、敗れたときは眠られないくらいの悔しさを味わったものだ。あの頃は、必死になって練習をして勝つための努力もした。
 今は、それを怠っている。だから、さほど悔しくもない。来年は、もっと悔しく思えるように努力する。そこから始めたい。
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《三療部会》
   ◆三療研修会の報告
                    施設部副会長 堀  惠一
 施設部、三療部会合同の三療研修会が11月15日午後1時から開催されました。本年は、講師に富山県鍼灸マッサージ師会黒部支部長の経塚泰久先生をお招きして行われました。
 演題は、「あん摩・マッサージの基本」で、ベッド2台でそれぞれ患者、術者となり頸部から足先まで側臥位、腹臥位で実技を中心に勉強しました。
 主な内容
1.施術者が使う手を右手とか左手とか言うのではなく、施術者から患者を見た場合、頭部側の手を上手(かみて)、足部側の手を下手(しもて)と表現する。
2.部位による施術者の位置や使用する手に配慮し、楽に気持ちよく当たるようにする。
3.筋肉に垂直に、そして手首を大きく回してなど、一人一人の手をとり、情熱をもって一所懸命指導された。
4.そのほか、治療上の心懸けることとして、膝枕、足枕(腹臥位の際の足首に)、胸枕(頸部をまっすぐにするため)、女性には特に仰臥位の際にお腹あたりにバスタオルなどをかけるなど、ちょっとした心遣いをする。
 皆さん充実した実のある時間を過ごされたのではないでしょうか。先生からは、「何でも自分の持っているものを教えますので、何時でも分からない事があればお尋ねください」とのことでした。それに対して、「次回もお願いしてもっと聞きたい」という要望もありました。
 これからの若い先生方にも、もっと参加していただければと思いました。ありがとうございました。

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《事業活動報告》
   ◆ガイドヘルパーに関するアンケート調査結果
                      副会長 塘添 誠次
 平成18年に施行された障害者自立支援法により、ガイドヘルパーの派遣事業は各市町村の決定に委ねられることになりました。
 施行後2年が経過しましたが、協会では、富山県内におけるガイドヘルパーの実施状況を把握する目的で、アンケート方式による実態調査を行いました。以下は、その結果を大まかにまとめたものです。より詳しい結果をお知りになりたい方は、各支部の支部長または協会へお問い合わせください。
 アンケート調査は、平成21年6月末に県内15市町村に調査表を郵送し、舟橋村を除く14市町から回答を得ることができました。
 しかし、上市町・立山町・朝日町はガイドヘルパーの実績がなく、実施していないので無回答であり、アンケートは11自治体の結果をまとめたものです。
 回答項目に「事情」という項目を設けました。「事情」とは、本来は利用できない(サービスを受けられない)ことになっているのですが、利用者の事情を聞いて柔軟に対応するという意味です。

1 利用時間について
 「1ヶ月あたりの利用時間数」と「1日あたりの利用時間数」については、「無制限(必要時間数)」は富山市・氷見市・黒部市・入善町であり、制限のある7自治体のうち、事情による利用時間数の増加が可能なのは高岡市・氷見市・小矢部市・魚津市・滑川市であった(表1参照)。
 「利用できる時間帯」については、「制限なし」は富山市と高岡市であり、「夜間の利用」については、 「可能」は富山市・高岡市・射水市、「事情」は小矢部市・入善町、「不可能」は氷見市・魚津市・黒部市・滑川市であった。

    表1 1ヶ月あたりの利用時間数と1日あたりの利用時間数
           1ヶ月        1日
   高岡市     10~15時間     8時間
   射水市       24       6
   南砺市      回答なし    回答なし
   小矢部市      9       8
   砺波市      回答なし    回答なし
   魚津市        2.5       1.6
   滑川市      10~20     2~4

2 利用料金について
 1時間あたりの利用料金は、富山市は所得制限があるので殆どの利用者は無料であり、1500円は射水市・南砺市・小矢部市・砺波市、1970円は黒部市・滑川市・入善町、2760円は高岡市・氷見市・魚津市であった。

    表2 登録事業所数及び全事業所合計のガイドヘルパー数
            事業所数    ガイドヘルパー数
     富山市      1        18人
     高岡市      2        53
     射水市      3        12
     氷見市      1         3
     南砺市      4       無回答
     小矢部市     2        18
     砺波市      3        18
     魚津市      2         5
     黒部市      2         5
     滑川市      1         5
     入善町      1         4

    表3 平成20年度の利用者の登録者数、延べ人数、延べ日数
            利用者数   延べ人数   延べ日数
     富山市     17人   203人   203日
     高岡市     17    358    358
     射水市      3     24    288
     氷見市      3      8      8
     南砺市      2      7      7
     小矢部市     2     14     14
     砺波市      6     34    134
     魚津市      9     11     14
     黒部市      2    237    237
     滑川市      3     77     77
     入善町      1     11     15

3 ガイドヘルパーが利用できる行事・その場所内について
 ガイドヘルパーが利用できる行事にはどのようなものがあるか、又、その場所内で利用できるかを、
  ① 通院、病院内
  ② 会議や講演会、その会場内
  ③ スポーツ観戦、その会場内
  ④ コンサートや映画など、その会場内や館内
  ⑤ 買い物、スーパーやデパート内
  ⑥ 外食、レストランなど外食場所内
  ⑦ 冠婚葬祭、結婚式場や祭場内
  ⑧ 銀行や郵便局、銀行内や郵便局内
 について調査を行った。その結果は以下のとおりである。
 富山市は、①②⑦⑧は「できる」、③④⑤⑥は「できない」
 高岡市は、通院は「できる」が病院内は「事情」、会議や講演会は「できる」がその会場内は「事情」、買物は「季節物の買い物のみ可能であるが日常的な買い物は不可」、冠婚葬祭は「できる」がその場所内は「事情」、③④⑥⑧はこれまでに利用がないので申請があったときに検討するということで「無回答」
 射水市は、病院内が「事情」である以外は通院を含め全て「できる」
 氷見市は、通院は「できる」が病院内は「事情」、②は「できる」、③④は「事情」、銀行や郵便局は「事情」であるがその場所内は「できない」、⑤⑥⑦は「できない」
 南砺市は、全て「できる」
 小矢部市は、全て「できる」
 砺波市は、病院内が「できない」以外は通院を含め全て「できる」
 魚津市は、全て「できる」
 黒部市は、①が「事情」である以外は全て「できる」
 滑川市は、①が「できない」以外は全て「できる」
 入善町は、通院は「できる」が病院内は「できない」、②⑦⑧は「できる」、③④⑤⑥は「事情」

4 利用条件について
 ガイドヘルパーを利用するとき、自宅からではなく、目的地に到着してからの利用の可否についての質問には、県内の場合、「できる」は富山市・射水市・南砺市・小矢部市・砺波市・黒部市、「事情」は高岡市・氷見市・入善町、「できない」は魚津市・滑川市であった。

 県外の場合は、「できる」は富山市・射水市、「事情」は、高岡市・氷見市・小矢部市・黒部市・入善町、「できない」は南砺市・砺波市・魚津市・滑川市であった。

 そして、県外で「利用できる」或は「事情により利用できる」場合、その手続きを利用している県内の事業所でしてもらえるかについては、「できる」は、富山市・射水市・小矢部市・黒部市・入善町、「できない」は高岡市・砺波市であった。

 晴眼者と同居している場合の利用については、「事情は」氷見市・魚津市・黒部市・入善町で、他の7自治体は「できる」であった。

 宿泊を伴う利用については、「できる」は富山市、「事情」は射水市・小矢部市・入善町、「できない」は氷見市・南砺市・砺波市・魚津市・黒部市・滑川市であった。

 ガイドヘルパーが運転する車での移動サービスについては、「受けられる」は高岡市・南砺市・小矢部市・砺波市で、他の7自治体は「受けられない」であった。

 ガイドヘルパーによる代筆代読サービスについては、「受けられる」は高岡市・南砺市・小矢部市・砺波市(代読のみ可)・魚津市・黒部市で、「事情」は富山市・射水市(契約を伴うようなものへの代筆は難しい)・氷見市・入善町、「受けられない」は滑川市であった。

5 ガイドヘルパーが受け持つ視覚障害者について
 ガイドヘルパーが受け持つ視覚障害者を「一人と限定している」は、富山市・氷見市・小矢部市・魚津市・黒部市・入善町で、1対2や2対5などのように「複数利用が可能」は、高岡市・射水市・南砺市・砺波市・滑川市であった。

6 申し込みについて
 ガイドヘルパーの利用申し込みは、 「定めなし」は富山市、「当日でも可」は氷見市(対応できるヘルパーがいれば)、「1日前」は高岡市で、7日前は小矢部市・砺波市・滑川市、10日前は黒部市、2週間前は射水市、30日前は魚津市・入善町であった。
 尚、即時対応については、「できる」は高岡市(1日前までの申請が望ましいが、事業所での受け入れ対応が可能である場合は当日申請も可)で、「事情」は富山市・射水市・氷見市・小矢部市・砺波市・滑川市・入善町、「できない」は魚津市・黒部市であった。

7 交通費などの諸経費について
 ガイドヘルパーの交通費の支払いは、11自治体全てが「視覚障害者」と答えているが、昼食代など移動以外にかかる費用は、 「視覚障害者」と答えたのが、富山市・小矢部市・滑川市・入善町で、「昼食代のみ視覚障害者が支払い、他はガイドヘルパー」と答えたのが南砺市、他の6自治体は「ガイドヘルパー」という回答であった。
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   ◆センターで協会初の避難訓練
                     文化部部長 上坂 敏彦
 7月19日、センタークリーン作戦をする前に、協会として初めて避難訓練を実施した。今回最初ということで、非常ベルの音を確かめ、緊急時の全館放送を聞いて大きさを確かめた。また、消火器が在る場所や数の説明を聞いた。
 その後、全員で研修室から避難路を確かめながら裏に出てみた。2階では非常口のドアを開閉し、階段と滑り台を使って避難してみた。
 今回は、確認する事に重点をおいたが、いろんな事が見えてきた。研修室から外へ出て避難路に移動する際、立木を大きく迂回しなければならないことや、道路への階段が危なそうだ。逃げ遅れた人がいないか、各教室の代表者やリーダーは少なくともその日の参加人数は把握しておかなければならないことも重要なポイントだ。
 また、室内に居る際、白杖を使っていない人ガ多いので、いざ避難となったとき杖を持っていないから足が前に出ないなどの検討課題は沢山在るように思われた。
 まずは、火事を出さないこと、災害が起きないことであるが、いざという時のためにしっかりとしたマニュアルの作成ガ必要である。

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   ◆障害者権利条約について
                      副会長 塘添 誠次
 平成21年8月8日(土)午後1時より、サンシップ富山において「JDF地域フォーラムin富山」が開催されました。(JDF=日本障害フォーラム)これは、障害者権利条約についてのフォーラムです。勉強を兼ねて協会から10人が参加しました。
 演題は、『障害者権利条約の批准に向けて地域より発信!』で、以下はそれをまとめたものです。尚、批准とは署名された条約に対し、国家として正式に同意することです。
 「障害者権利条約」が、2006年12月13日に第61回国連総会で採択され、その後、世界各国が調印をしましたが、日本政府は、2007年9月28日にようやく国連本部で署名をしました。これは、114カ国目のことでした。
 そして条約は、批准国が20カ国以上になった30日後に発効することになっているのですが、その20カ国に達したのが2008年4月3日のことで、5月3日に条約が発効しました。
 2009年8月3日現在、締結(批准)国数が62カ国となりました。日本政府も批准しようとしましたが、障害者団体の反対で取り止めとなりました。
 理由は、国内法が整備されていない状態で批准をしても何も変わらず、「絵にかいた餅」になってしまうからです。
 実は、数年前に「子供の権利条約」が批准されましたが、国内法の改正が伴っていないため、掛け声だけで変化がないのだそうです。その二の舞にならないために、障害者団体が批准に反対したのでした。
 従って、今後、条約の批准に向けた国内憲章及び法整備が計られなければなりません。
 この条約の理念は、前文に「全ての人権及び基本的自由が普遍的であり、不可分のものであり、相互に依存し、且つ、相互に関連を有すること並びに障害者が全ての人権及び基本的自由を差別無しに完全に共有することを補償すること」とあります。
 即ち、「障害者は権利の主体であること」、そして「障害者に対する差別は禁止されなければならないこと」の2点に集約されます。
 ところで、「障害者基本法」が施行後5年の見直しの時期を迎えています。そこで、この基本法の改正にあたっては、「障害者を権利の主体と位置づける」という基本理念の視点から全文の見直しをすること、及び基本法の改正の条文の中に、「障害者差別禁止法(仮称)」を明文化することが望まれます。
 そして、その際、皆が声を大にして訴えているのは、「私たち抜きに私たちの事を決めないで」ということです。国内では、国に先駆けて千葉県が2006年10月に「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県作り条例」が成立し、北海道が2009年3月に「北海道障害者及び障害児の権利擁護並びに障害者及び障害児が暮らしやすい地域づくりの推進に関する条例」の制定をみています。
 そしてこのフォーラムの最後のまとめとして、「あらゆる障害に基づく差別をなくすための条例を富山からも発信したい」というメッセージをもって終了しました。

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《みんなの広場》
   ◆平成21年度ボランティアと利用者交流会
                   射水市点友会 泉田 正子
 意見交換会(点字図書グループ)で発言されたご意見をご紹介します。
 司会は塘添、森永、書記が土田、泉田にて進行いたしました。
(司会)自己紹介と点字についての係わり (本、雑誌、新聞等生活の中で点字とのふれあいを通してや資料などのレイアウトについて思われること。)
 以下名前は省略します。
・ ある雑誌に五媒体の書物(とします。)が出た。それはコピーしていい のか。高額なので図書館で買って欲しい。
・ 点訳本を読みたい。漢点字の方がいい。
・ 漢点字は知らないが、点訳本は頭に入るから読みたい。
・ 365日読むか書くかしている。治療日誌、カルテも。点字毎日も読んでいる。パソコンもしたい。コミュニティバスの時刻表を活用している。
・ 市の「福祉いみず」を点訳している。他に各関係団体(射水市視覚障害者協会・同市社会福祉協議会・同市社会福祉課等)
・ 点字を読むように習慣づいてきた。毎日3~4頁は読むようにしている。 ゴミのカレンダーを点訳してもらって、助かっている。
・ JRの時刻表を点訳するのにすごく緊張した。間違いの無いように。
・ 講習会に出てください。点訳の上達をめざして。
・ 点字は初めてなので、入門書を少しずつ勉強しています。
・ 5年ぶりにこの会に出ました。みなさんの話を楽しく聞いていきます。
・ 拡大図書を読んでいます。図書館にあるのより大きく太い字で読みやすい。(点友会作)
・ 点字パソコンをしているが、分かち書きについて自信が持てない。
(司会)「点訳のてびき」(第3版)や「点字表記辞典」等参考にされると良い。
・ 点訳しているが足が不自由な為、日赤やセンターへ来るのが大変困る。
・ 点字を高齢になって覚え始めた。一日何時間か点字につながっている。よちよち歩きで。
・ ヘルパーをしているが、これから点字を楽しみたいと思っている。
・ 芥川賞・直木賞等入賞作品を早く点訳して下さって感謝しています。
・ センターの配置図(点字)があると良い。
・ 現在地をどこにするかで見取図が変わる。
・ 玄関前がいい。
(司会)検討課題とします。
・ レイアウトによって読み易さが異なる。
・ 決算書は、2頁を使っても一覧表がいい。位取りの点(コンマ)があると、かえって読み辛い。
(司会)事業報告などレイアウトを考えてみた。
※ここでは割愛します。

(中西会長)真剣に話し合って戴き、ありがとうございました。

                             以上

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   ◆富士山登頂記
                     射水市 塘添 誠次
 平成21年7月11日(土)から12日(日)の一泊二日の行程で富士山登山に挑戦し、あこがれの剣が峰(3776m)に立つことができた。
 昨年、3人のパーティーで剱岳に登ったときのサポーターの一人、山村さん(神奈川県海老名市在住)の誘いを受けて挑戦したものである。
 実は、7年前に一度挑戦したことがある。その時は、初日は素晴らしく天気が良かったが、山小屋に宿泊中に台風の影響で天気が一変し、雨風がひどくなり、下山を余儀なくされた。今回は、その再挑戦だったのである。
 11日午前3時に同市の山本俊吉さんの迎えで出発。滑川インターで昨年剱岳登山のときのリーダーで富山市の加藤敏明さんを乗せ、魚津インターで魚津市の西本美絵子さんと合流し、4人で須走登山口(2000m)に向かう。昨日までは大雨だったが、今日は晴れている。
 10時に登山口に到着。既に到着していた山村さんと再会。早速登山の準備をし、一緒に登ることになっている福井県などからの参加者を待つ。まもなく全員が集合し、簡単な自己紹介を行う。山村さんをリーダーとした10人のパーティーである。
 11時に出発。5合目に在る神社に安全祈願をし、前サポートが西本さん、後ろサポートが加藤さんで登山開始。今日は、8合目に近い7合目に在る見晴館(3200m)までの行程である。
 天気は晴れており、雨の心配はなさそうだ。しばらく低木の樹林帯が続くが、登山道はよく整備されており、険しい箇所はなく、道幅も広い。鳥のさえずりの声を聴きながら、時々吹いてくる涼しく気持ちの良い風を体に受けながらゆっくりと登る。
 登るほどに気圧が低くなっていくので、急いで登らないこと。そして、本当かどうか疑問だが、色々と頭を使わず、何も考えずにボーッと登ることが高山病にならないための秘訣とのこと。
 1時間ほど登ると、木は徐々に低くなり、森林限界を過ぎると、小砂利のような小さな石が敷き詰められている所を登る。傾斜は緩やかなのだが、足幅を大きく出したり、爪先を踏ん張ると、せっかく登ったのにズルッと足がずり下がってしまいもったいない。
 そこで爪先を外に向け、半歩ずつペタペタと斜面に足を載せるようにして、体重の移動で登るのがコツである。しばらくそのような所を登っていると、徐々に地盤がしっかりとした箇所が現れる。そして、岩場を少し登ると平坦となり、そこに山小屋がある。この繰り返しなのである。
 しばらく小砂利が敷き詰められたような箇所を登っていたときに、ストックの突き方に気づいた。視覚障害者にとってストックは、単に体重を支え、バランスをとるだけのものではなく、前方の障害物を探る役目も持っている。しかし、小砂利が敷き詰められているような所は、前方を探る必要が殆どない。すると、右手に持っているストックは右足の少し後方に突くことにより、体を前方に押し出すための推進力として使える訳である。このことに気づいてからは、一歩一歩が楽になった。
 「頭を雲の上に出し、四方の山を見下ろして・・・」という唱歌があるが、今日は、まさにその歌のとおりである。眼下には雲海が広がり、雲と雲の隙間から麓まで見える。富士山の山頂も見えたり、雲に隠れたりと変化が楽しい。そして、時々雲がスーッと通って行く。またこれが涼しくて気持ちが良い。
 登り始めた頃は、たっぷりと汗をかいていたはずなのに、高度を増すにつれ、いつの間にか汗がひいているのに気づく。空気は乾燥し、気温が下がっているのだろう。
 見晴館到着午後4時15分。見晴館は、登山口から4番目にある山小屋で、富士山にある山小屋の中で最もきれいな山小屋とのこと。見晴館の中に入ると暖かかったので、暖房をしているのかと思ったら、煮たき物や人の体温で温かいとのことである。
 到着後早速ビールで乾杯。何ともいえずうまい。しかし、高山病にならないために350ml(600円)の缶ビール1本で我慢。  ビールを飲みながら、このパーティーに何故福井県の女性3人が加わっているのだろうかと疑問に思っていたことを聞いてみた。すると、何と昨年剱岳登山のときに早月小屋に一緒に宿泊しており、そのときに山村さんと親睦が深まり、山村さんの招待に応じて今回の参加となったとのことである。
 更にビックリしたのは、一緒に宿泊した翌日、最大の難所の鎖場を越え、剱岳直下の岩場にさしかかったときに、既に登頂済ませ、下山して来られた多くの女性に激励の言葉をかけていただき、握手を求められた。その中の一人に、梨までくださった方がおられた。その女性がこの福井県の女性だったのだ。
 その梨を剱岳登頂後、下山途中に3人でいただいた。何とも言えないほどおいしく、生き返った気持ちになったことを思い出した。そのお礼を彼女に伝えることができてよかった。
 夕食まで少し時間があるので、寝る場所を確認。着替えをし、トイレの場所を覚えようと思ったが、トイレは外にあり、階段を下りて行かなければならないので一人ではちょっと危険だ。今日は、天気が良いが、雨が降っていたりすると大変だなと思った。
 5時過ぎから夕食。定番のカレーライスである。夕食後、交流会となったが、私達10人のほかに山村さんの知人が10数人いる。互いの自己紹介などをし、懇親を深めた。
 午後7時半ごろ布団に入る。羽毛布団だ! 但し、1枚の敷布団に2人が寝る。泊り客が多いときは、1枚に3人寝ることになるそうだ。
 7月12日4時に起床。晴れているようで、御来光が拝めるとのこと。山村さんの誘導で山小屋の前の鳥居の下の階段で日の出を待つ。少し寒い。4時35分に相模湾から太陽が昇ってきた。私の眼でも朱色の光を感ずることができ、感激!
 5時過ぎからの朝食を終え、下山するときに見晴館にもう一度戻ってくるので、余分な荷物を預けて、6時に前サポートが加藤さん、後ろサポートが西本さんで出発。
 昨日は、半そでのシャツの上に長袖の服を着ての登山であったが、今日は、もう一枚長袖のシャツを着込む。天気は晴れているが、山頂の所だけ灰色の渦を巻いたような変な雲があるとのこと。昨日と同じようにゆっくりとペタペタと半歩ずつ体重の移動で登っていく。徐々に高度が上がってくるが、体が山に慣れてくれたのか苦しさをさほど感じない。
 いくつかの山小屋を通り過ぎ、頂上小屋(3700m)到着8時15分。「防寒用の服の着用」の指示が山村さんから出る。「えっ! そんなに寒くないのに?」と重いながらもカッパを着る。
 山村さんから、この山小屋に居残りの指示を受けた二人に荷物を預け、身軽な格好で8時30分に剣が峰に向かう。すると、いきなりものすごい風が吹いている所に出た。風速20メートルを超えているのではないだろうか。体が吹き飛ばされそうで、しっかり踏ん張って歩かないと危ない! 風の音で前後にいる人の声は聞こえない。そういう箇所を数箇所越え、剣が峰の直下に到着。そこから岩場を一気に上り、9時5分に山頂に到着。
 早速三角点を触れさせてもらう。「やった!」無事に登頂できたことを喜び、皆と握手。そして、「三ツ星山の会」の旗を広げ、記念写真を撮る。
 風はないが、空気は冷たい。何となく雨粒が当たる。小雨が降っているようだ。ガスがかかっており、周囲の見晴らしはきかないとのこと。防寒を兼ねたカッパを着ていてよかった。
 既に役目は終えているのだが、富士山測候所はどこにあるのだろうと思っていたら、何と三角点から数メートルしか離れていない所にあった。建物の側面や扉などを触れ、頑丈にできていることを実感する。
 9時15分に下山開始。上りと同様、下りも暴風の吹いている箇所を通り頂上小屋へ。カッパを脱ごうかと思ったら、「低気圧が接近中なので、皆さん下山を急いでください」という放送が流れる。
 急いでスパッツをつけ、カッパを着たまま9時50分に下山道を下る。富士山は、下山道が別にある。上りより厚めに小砂利が敷き詰められたような斜面で、段差の箇所があまりないので、かなりの速さで下りていける。天気は晴れており、低気圧の接近など全く感じられない。あの放送は何だったのだろうか?
 そして、再び見晴館へ。カッパを脱ぎ、預けていた荷物をザックに詰め込む。ここからの下山道は、砂埃がひどいので、マスクをしての下山となる。
 小砂利の深さが増し、ズボッ、ズボッと足を突っ込むようにして下りる。足先を外に向け、踵から押し込むようにして歩を進めるのがコツとのこと。
 このような下山道が樹林帯の手前まで延々と続く。気温はさほど上がっているとは思えないが、マスクをしていると暑い。時々砂埃がひどいようである。途中でブルドーザーに出会う。山小屋へ荷物をこの下山道を使って運んでいるらしい。ブルドーザーの通った跡は少し地盤がしまっているので歩きやすい。  そして樹林帯へ戻って来た。マスクをようやくはずすことができ、涼しくなる。ここは、上りと下りの登山道が同じで、登るときは気づいていなかったが、登山道は落ち葉などが堆積していてジュータンの上を歩いているようなフワフワとした感触があり、誠にいい気分で歩ける。又、もうすぐ登山口に着くと思うと気分は達成感で高揚し、気持ちよく歩を進められた。
 登山口到着12時40分。全員登頂できたことを喜び合い、神社にお礼の参拝後、解散式をし、お世話になった山村さんと別れた。私たちは、福井の人達と茶屋で昼食を摂り、帰路についた。
 富士山登山の印象は、登るのに難しい山ではないが、距離が長いので持久力はいる。気をつけなければならないのは、高山病と天気である。梅雨の最中とはいえ、二日とも天気に恵まれた。しかし、山頂では天候が一変していた。天気が悪いときは、もっと低い所でも強い風が吹くことが予想される。
 今回は、残雪があったので、お鉢巡りができなかった。もし再度登る機会があれば是非お鉢巡りをしたいものである。
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   ◆カンボジアのユネスコ世界遺産と寺子屋を訪ねて
                      氷見市 布尾 英二
 昨年11月、氷見ユネスコ協会主催の「カンボジアユネスコ交流の旅」に、副団長・企画責任者として参加した。今回は、氷見ユネスコ協会創立35周年を記念して、非識字運動の一環としてのユネスコ世界寺子屋運動の見学を主目的に計画されたものである。
 世界寺子屋運動は、書き損じの葉書を集めてお金に替え、寺子屋という「学びの場」を設けて自立を支援している活動であり、氷見ユネスコ協会としては、今年で10年目となる。
 坂本弘団長以下11名で訪れたカンボジアの旅は、私にとって念願の旅でもあった。1960年に学生ユネスコに出会い、青年部や協会活動にかかわり、東南アジアの悲惨な状況をマスコミなどで知りながら、直接訪れる機会がなかった。また、美術教師であった私には、アンコール遺跡群にはとても興味があり、是非、訪れたかった国である。
 11月25日の夜、シュムリアップ空港に到着。翌日、ユネスコ世界遺産のアンコール遺跡群を見学した。
 先ず、訪れたのは、アンコール・トムで、その城壁に囲まれた南大門に入ると、バイヨン寺院(仏教)があり、修復間もない壁面に、庶民の生活を背景にした軍隊のレリーフが続き、そして、49基もの観世音菩薩四面仏の尖塔がところ狭しとそびえ立っており、その壮観さに圧倒された。
 そして、象のテラスやライ王のテラスなど、広大なスケールで12世紀~13世紀に栄えたカンボジア・クメール文化のすばらしさに触れ感動した。
 また、午後に訪れたのは、アンコール・ワットで、南北約1300メートル、東西1500メートルの大きな堀に囲まれた、ヒンドゥ教寺院。優美な表情のネバタ像やレリーフなど、その荘厳さに魅了された。
 このアンコール遺跡群は、ユネスコの危機遺産に登録されていて、多国籍の修復隊が工事を進めており、完成したらもっと壮大であろうと感じた。
 3日目は、学校及びユネスコ世界寺子屋の見学であった。先ず、訪れたのは、市内のトップマカラ中学・高校であり、ここは、シェムリアップ州の地方から、優秀な生徒が集まってきている中高一貫校であった。
 生徒たちは、1クラス60名で75クラス4800人の大規模校であり、午前と午後の2部制で、近くに下宿したり、オートバイで通学しているという。
 このような中学や高校に進学できるのは、1割程度であり、どの生徒も目を輝かせて学んでいた。
 午後は、日本ユネスコ協会連盟のカンボジア事務所で寺子屋プロジェクトの概要を聞いた。加瀬職員と現地7名のスタッフで宿泊しながら5カ所の寺子屋の自立支援に走り回っておられるとのことであった。加えて現在は、4カ所の寺子屋の設立を準備しているそうである。
 そして、事務所のある中心部から30分程度バスを走らせると、トンレサップ湖に出た。草葺き屋根の粗末な家々が並び、湖面に船上生活者の家も見えた。すると、そこは、チョンクニア村の水上寺子屋であった。
 水上寺子屋では、学習教室と図書室になっていた。他に船上図書室があり、子供の移動にも使われるという。
 寺子屋運営委員長さんから、活動の様子をお聞きし、隣の図書室に向かうと、薄暗くなってきた部屋で、5~10歳ぐらいの子供たちが熱心に絵本を読んでいた。その声は、喜びに弾んでいた。ここでは、小学校に図書室が無く、この図書室を楽しみにしているとのことであった。また、ホテイアオイで編んだバッグなどの民芸品も販売していた。この民芸品は、現在お土産店などから注文がくるようになったそうです。




   右の写真はチョンクニア村の
  水上寺小屋で教材費の贈呈後、
  広報で活動紹介する布尾副団長
  です。






   左の写真はチョンクニア村の
  水上寺子屋の図書室で加瀬職員
  の説明を聞く団員です。



 次に、夕刻、暗い夜道を約1時間あまり、電灯もない穴ぼこのマッサージチェアのようなバスに揺られて、ようやくコックスロック村の寺子屋に着いた。女性の村長さんである寺子屋運営委員長さんと職員に迎えられて、英語クラスと成人の識字クラスを見学した。いずれもバッテリーによる電灯の下、子供や成人の生徒たちは、熱心に学んでおり、学ぶことの喜びと意気込みがひしひしと感じられた。




  左の写真はコックスロック村の
  寺子屋で学ぶ英語クラスの先生
  と子供たちです。




 内戦後10数年のまだ国情が安定していないカンボジアを訪れ、私たちユネスコ協会の支援が世界遺産の修復や、寺子屋での識字教育などの自立支援に役立っていることを目の当たりにした。
 優れた文化を持つカンボジアが近い将来、寺子屋という夜の小さな学校で学び、荒廃した国を立て直す礎になるだろうと感じ、今後も自立への支援を続けていきたいと思った。

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   ◆「タンポポ 川柳会」
  〈川堰 善正〉
  すずむしの 唄が聞こえる 過疎の村
  年重ね 記憶は空の 流れ雲
  名月に ケーキ備えて 孫が待つ
  安全を 祈り平和な 日々過ごす
  〈禅野 恵子〉
  閉じこもり 情報からも 見放され
  ビキニ着て 泳げないのに 浜へ出る
  年老いて 頭の鈍さ 腹だたし
  痛みとは 心の奥を 麻痺させる
  〈堂田 ちえ実〉   どう変わる 草食男子 増えた国
  漫談師 言葉あやつる 話の魔術
  偽装して 安全ですと 表示する
  焼き芋が ホクホク香る 里の秋
  〈古市 洋子〉
  金木犀 晩秀の風 まき散らす
  安全と 信じた道に 落とし穴
  小春日が 心の和む 朝をくれ
  コオロギも 風邪をひいたか 声まばら
  〈湊 シゲジ〉   塩漬けの 恋が時々 疼きだす
  防弾チョツキ 脱いでのんびり すするお茶
  雨の日は 雨がやむまで ささやこう
  負け犬の セリフは猫も 振り向かず
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   ◆《事務局から》  消 息
   訃 報
     片岡 廣明 氏(射水市)  8月 逝去
     舟木 艶子 氏(射水市)  8月 逝去
     端 かしみ 氏(射水市)  8月 逝去
     荒木 三郎 氏(射水市)  9月 逝去
     藤城 保  氏(富山市)  12月 逝去
     山崎 とき 氏(小矢部市) 12月 逝去

ご冥福をお祈りいたします。
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 ◎受 賞
                            富山県知事表彰(部門功労)  平成21年10月8日
社会福祉事業活動者  堀 惠一 氏
   富山県知事表彰(部門功労)  平成21年10月8日
自立更生者      山口 勇 氏
   黄綬褒章            平成21年11月3日                     藤岡 勝美 氏
   厚生労働大臣表彰  平成21年12月3日
自立更生者 山田喜美子 氏

受賞おめでとうございます。

   ◆時事暦(平成21年7月~12月)
○ 7月5日 富山県民共生センターサンフォルテを主会場に、ボランティアと利用者交流会を開催。
 午前中は、富岩運河環水公園一帯をボランティアと一緒に散策。午後は、点字図書、録音図書のグループに分かれ意見交換を行い、全体会において、それぞれグループでの意見を紹介した。参加者は、利用者46名、ボランティア午前41名、午後42名でした。
○ 7月19日 センタークリーン作戦に先だって避難訓練を実施。非常ベルを鳴らし、非常口からの避難訓練を行いました。その後センターの大掃除を終え、全員でバーベキューをしてねぎらい、楽しみました。
○ 8月9日 センターにおいて、午前、治療奉仕と技術交換会、午後から施術室整理及び機器の検査。
○ 8月23日 平成21年度富山県視覚障害者球技大会を、富山市立南部中学校及びセンターにおいて開催。成績は次のとおり。
 □第26回グランドソフトボール大会(出場24名)    3対4でAチームの勝ち。
 □第35回サウンドテーブルテニス大会
  ・全盲男子の部(出場者15名)
 1位・塘添誠次 2位・安達 実 3位・中西美雄
  ・全盲女子の部(出場者14名)
 1位・太田蓉子 2位・柳田信子 3位・徳市和美
  ・弱視男子の部(出場8名)
 1位・池田一義 2位・蟹谷 保 3位・高橋克人
○ 9月6日・7日 魚津支部担当で、金太郎温泉、魚津市史跡、しんきろうロードを会場に、平成21年度視覚障害者と家族激励大会、並びに山岳歩行訓練、、あわせて研修会を開催。
 100名の参加。研修会演題は「天地人 『魚津城の戦い』」、講師は魚津歴史民俗博物館館長代理・本元義明氏でした。
○ 9月8日~10日 神奈川県において、第55回全国盲女性研修大会が 開催され、会員(女性部)2名参加。
○ 9月19日~21日 埼玉県において、第55回全国盲青年研修大会が開催され、会員(青年部)2名参加。
○ 9月27日 センターにおいて、第33回視覚障害者文化祭・福祉機器展を開催。会員91名が参加。
 催し物などの概要は次の通り。
 ・講演 演題:富山の天気あれこれ
     講師:富山地方気象台予報官、気象予報士・錦織勇氏
 ・生きがい教室発表(コーラス、民謡)、・詩吟、・カラオケ、
 ・手芸等作品展示、・茶席、・漢点字コーナー
 ・視覚障害者用具展示(白杖、点字器、拡大読書器等)
 ・福祉機器展(プレクストーク、よむべえ、携帯電話、パームソナー)
 ・手作り作品販売、飲食物販売、コーヒーコーナー

○ 10月25日 センターにおいて、点字・パソコン競技会を開催。
 成績は次のとおり。
 □第58回点字競技会(点字板)                    (団体) 1位・富山市Aチーム 2位・射水市チーム 3位・高岡市チーム
 (個人総合) 1位 松波律子
 (個人・一般の部) 1位・松波律子 2位 上沢淳一 3位 鈴木修博
 (個人・中途失明者の部) 1位・塘添誠次 2位・岩黒勝義 3位・谷内 幸子
 (田島杯) 本江とみ子
 □第10回パソコン競技会
 1位・上沢淳一 2位・田口明美 3位・山口 勇
○ 10月31日・11月1日 「ルイ・ブライユ生誕200年、石川倉次 生誕150年記念点字ビッグイベント」点字競技会に、当協会より松波律子(高岡市)さんが出場されました。
○ 11月15日 センターにおいて、施設部、三療部会合同による三療研修会を開催する。なお午前中、治療奉仕と技術交換会を行う。
 演題: 「あん摩・マッサージの基本」
 講師:黒部市鍼灸マッサージ師会会長 経塚泰久氏
○ 11月21日~23日 八尾町健康福祉総合センターにおいて、地域障害者作品展(富山圏域)が開催される。
○ 11月22日・23日 第18回北信越サウンドテーブルテニス大会を富山市体育文化センターに於いて、本県が担当して開催した。
 □個人戦女子の部 2位・徳市和美 3位・本江とみ子    □団体戦 3位・富山県Aチーム(塘添、太田、中西)
○ 12月3日 富山駅前周辺において、「障害者週間」街頭キャンペーンを実施。
○ 12月6日 センターにおいて、午前中、平成21年度更生相談会、並びに結婚相談室を開催し、午後より意見交換会を行う。
 更生相談会は、「視覚障害者の福祉向上をめざして」と題して、衆議院議員・村井宗明氏の講演、及び質疑応答。
○ 12月10日 北日本放送(株)より、財団法人日本テレビ系列・愛の小鳩事業団点字カレンダー500部が贈呈される。
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    ◆平成22年度主な行事予定
○5月15日・16日 第37回北信越グランドソフトボール大会(石川県)
○5月19日~21日 第63回全国盲人福祉大会(京都府)
○6月13日 定期会員総会
○7月4日 ボランティアと利用者交流会
○7月17日~19日 第56回全国盲青年研修大会(福岡県)
○7月18日 センタークリーン作戦
○8月22日 第35回富山県視覚障害者球技大会(グランドソフトボール、サウンドテーブルテニス、卓球)(南部中学校、センター)
○9月1日~3日 第56回全国盲女性研修大会(長崎県)
○9月11日・12日 激励大会、山岳歩行訓練、研修会(富山市)
○10月3日 第34回視覚障害者文化祭・福祉機器展
○10月24日 第59回点字競技会・第11回パソコン競技会
○11月13日・14日
 第19回北信越サウンドテーブルテニス大会(新潟県)
○11月21日 三療研修会
○12月5日 更生相談会

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   ◆お知らせ
○まいどはやコミュニティーバスが、センターの前を通るようになりました。停留場は、まいどはやバス中央ルート「磯部町三丁目」、センターの向かい西田地方保育所側に停車します。
○(福)富山県視覚障害者協会のホームページを、平成22年4月1日より開設いたします。
 ホームページアドレス http://www.toyama-ssk.com 

《編集後記》
                    文化部部長 上坂 敏彦
 暖冬と予報されていた今シーズンの冬、今まで経験しなかったどか雪に、何度も遭いました。こんな降り方も、暖冬の影響でしょうか?しかし、この雪が、富山にとっては、美味しい水・米・お酒そして海の幸を育てているのですから、悪者にできませんよね。
 さて、61号はボリュームある内容になりました。塘添さん、今度は富士登山へ、布尾さんのカンボジア旅行記はいかがでしたか?
 これからも、いろんな情報や感動を届けたいと思います。どしどし原稿お送りください。「ゆきしろ」は、皆さんの手で作られております。
 本号より、「ゆきしろ」は点字・活字・デイジー・カセットテープと、準備でき次第、ホームページ上でも、見る事ができるようにしました。「沢山の方に届けたい。」と思っています。


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